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コラム > サーフトリップ  > メンタワイ2002
 
俺のメンタワイ たった一日で終わってしまった。
自分のミスとはいえ、なんで自分が!なんでこの俺が!・・・とくいが残る。
たった一人で西スマトラのパダンを後にし日本に帰ろうとしている。 始まりは6月23日から仲間達とバリ島を経由し29日から翌月の9日まで西スマトラのメンタワイ諸島に向けてのボードトリップがメインの旅で今回がメンタワイも4度めになるのだが波・風景・すべての環境にどっぷりはまっている我々おっさんチームです。
21日からは大橋が23日からは私・マーコ・柚木・伊藤・それと最近殆どの旅を連れもってるスーちゃん・それとほかの者は呼び捨てにするのだがなぜか「さん」ずけで呼ぶ田畑さん、26日からは小井戸28日からはオサム・山中・アキラが合流し29日早朝からジャカルタを経由しパダンにむかう総勢11名のホールドアウト系サーファー軍団です。

メンタワイ2002
バリでの滞在ホテルは最近お気に入りのサンチカビーチリゾート、少し高いけど朝薄暗い時からホテルの前よりクタリーフにチャージ出来るのが魅力のホテルで朝ごはんのクオリティーも最高!バリ島滞在中はまだ暗い朝6時前に僕らの目覚ましマーコが決まった時間に起こしてくれるのには頭が下がった。
当然他のサーファー達が来る1時間少しの間は僕達の貸切状態で最高のひと時を毎朝マーコが与えてくれていた。
年は僕の方が上だがサーフィンでは僕らのチームリーダーであるのは誰もが認めるとこで、昔のNSA全日本JRでの準優勝者おまけにプロコンテストでも数回の入賞経験があるので当然といえば当然でもある。
こんな感じで朝はクタリーフかエアポートリーフ、レギュラーチームはライテンダーでサーフ、昼からはどっぷりとマイホームブレイクのウルワツでサーフ。
だが何処もここも人が多く心から笑顔でサーフィン出来なかったが、ロングパドルで行ったインポッシブルとパタンの間のレフトの波と、偶然にパタンパタンでCHPのシェーパーL・ハウイと会い彼の友人&マーコ&僕と後数人のサーファーで出来たパタンのグッドウェーブが救われた感じ。
でも今回クタリーフでTCフィンのライト、パタンパタンでサニーフィン3本も無くしボードも大クラッシュしたのが痛いが、今年の4月サモアにSMACのオーナー植田氏と行った時彼が教えてくれた「俺自分のボードがクラッシュした時には俺の代わりにボードが怪我してんと思うねん」っと言ってたのを思い出し自分を納得させOKって感じ。

28日には全員が揃いいよいよ明日からジャカルタ経由でパダンにむけ出発、パダンの空港で1年ぶりに現地人のツアーコンダクターのアントンと再会、今回の船は2度目のサンスーチーで10DAY2750ドルもする高級船にノーマルの価格で乗れたのは僕の日ごろの行いの賜物か?二アスのローカルでクルーの一人でもあるティミーとの久々の再会、それに前回とは全員変わった船長をはじめクルーを紹介され、トリップのスタート。
初日は僕の希望でまだサーフをしたことがないE-BAYに向かってもらった。途中船がすごく揺れ大橋を筆頭に船酔い者が続出!明日はBIGWAVEか?と期待して睡眠についた。

メンタワイ2002
やはり朝一番早いのはマーコで、「波はオーバーヘッドぐらいやで」と聞き、薄暗い中自分の目で確かめると、面つるのいい波!他の船は1隻だけで、急いで朝食をとり海に飛び込んだ。
大橋・オサム・アキラ・小井戸・伊藤たちはライトの波に、それ以外はE-BAYでサーフ。
自分達だけで貸切の波、まず日本ではありつけないような条件だ。それを経験するために高いお金を使い毎年ここに来てるしだいだが、僕らの仲間は誰も高いとは感じてないと思う。なんせこの波や!高く感じるか感じないかはその人のサーフスタイルだろう。

3時間ぐらいサーフしてたらサウスアフリカの連中が入って来てローテーションのチェンジ、E-BAYの波は比較的にソフトでそんなにすごいパワーは無いがリーフは浅くとくにロータイドはインサイドが危ない。
テイクオフは楽だけどチューブがあり本当にいい波。 日ごろブーツを履かないマーコまでブーツを着用たぶん俺だけやったかな素足は・・・。でもこれが俺の運命の分かれ道。 朝はロータイドからハイタイドにかけてのサーフ、昼からはミディアムからロータイドに向けてのサーフでした。
洋風ラーメンみたいな昼食のあとすぐにマーコ・オサム・柚木・小井戸たちがE-BAY でサーフ。俺はお腹がフルなのでデッキの上からカメラマン、自分がカメラマンの気持ちでレンズをとうして見るとなかなかシャッターチャンスがないでも一人2枚ずつぐらい無理やりゲット!よくよく見てると島から白人が一人二人と出てきてゲッティングアウトして来るではないか。尋ねてみると島でステイしているらしい。マラリアは大丈夫かな食事は不味いやろな?俺には絶対に出来ないな!白人はすごいな。先祖がブッシュマンやから農耕民族の俺達には絶対無理やな。

メンタワイ2002
みんな奥に行き過ぎアウトに出過ぎでなかなかいいポジションからのライドが無いのでデッキで観戦の俺とスーちゃんはいらいら。「いこか」の一声で俺たちも海に、いきなりセットの形のよい波をゲットプルイン珍しくこの俺がサウスアフリカのサーファーに「チューブライダー」と言われ、気をよくし次の波もインサイドのセクションをGO FOR IT !何本目かのライドの後セットの形のいい波をゲット、インサイドでプルアウトをちょっとのタイミングをミスってワイプアウト!左足にリーシュが絡んだ感覚があり、足の指が折れたかな?と感じたがリーフの上を波の力で転がされ、やっとの思いでポジションを確保。
左足に力を入れ踏ん張ると足の指先まで力が入ったので骨折は大丈夫や切っただけやな、と一安心。リーフの上をロックダンスの後パドルで船まで一目散、柚木の手を借り船に上がり足を見ると足の中指と薬指の間がざっくり。ティミー&キャプテンが無線で他の船に連絡して医者を探してくれた。運よくサウスアフリカの船に医者と看護婦の夫婦がいてすぐにきて診察してくれた。
診断結果は一刻も早く専門の医者に見せ、インドネシアの技術では手術が難しいかもわからないのでシンガポールに行くべきだと船長と英語で会話しているのは僕にも理解できた。
クルーたちは急いで帰る用意を、俺は俺のせいでみんなを巻き込みすまない気持ちでいっぱい。
「ほんまにごめん」夜中の1時半ごろパダンの港に到着後マーコ&大橋等に別れをつげ救急病院に。怪我をしてから10時間後の手術は激痛だったが、心配されていた神経は大丈夫のようで、結局14針のステッチ。看護婦に船に帰れるか?と尋ねたらとんでもないらしく、俺のメンタワイはたった1日で終わった。
悔しさと寂しさが交差するなか色んな思いが試行錯誤する今回の為に、体を絞りパドルのトレーニングをした事、またこの同じすばらしいメンバーでここに来ることが出来るかなとか、などなどいろんな思いが頭を巡る。
落ち込んでいても仕方がないので気分転換をはかり、次のトリップに思いを馳せ睡眠に。
I’LL BE BACK.

怪我をして思うことだが大自然を相手にするサーフィン、特に旅行は常に危険と背中合わせ。ちょっとしたミスが取り返しのつかないことになる場合もあるので、最大限の用意と情報は大切で安易な気持ちでサーフしない事と改めて認識した。
今回のトリップ、次はリーフブーツを必ず着用しようと決心するものの、3年前のウルワツでリーフで足をヒットし左足の親指の爪がはがれたときも今回と同じ様にブーツを履こうと考えていたっけ。
「のぞもと過ぎれば」って事かな。今回も早ければ秋にはまた来るデー!
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